Philosophy Collage:We are all responsible for the Earth

れは2人のダイアログから生み出された言葉のフィロソフィーの塊を意図的に一度分解し、コラージュし直したものです。両者は、自然環境に深く縁のある企業のCEO(生活の木・パタゴニア・ジャパン)という立場と同じ場と時空間を共有していますが、対談というよりも、その場にいたスタッフ等とともに始まったごく自然な会話。奇遇にも2人は東京・原宿中学校(現・原宿外苑中学校)の先輩後輩という間柄。 「自然」をテーマにした事業への両者の想いと、その場に紡ぎ出された、智慧~Wisdomやインスピレーションの数々を時系列で配置しました。地球と共存しうるビジネスがどのようなありかたになってゆくかの、示唆とエッセンスに満ち溢れています。

辻井: 僕は大人になるまで自然との繋がりは本当になくて、それが大きなコンプレックスでした。小さい頃も自然の事はぜんぜん知らない子どもで、劣等意識が強かった。ずっと都会で育って、野球とサッカーのような人間相手のスポーツしかしたことがなかった。大学以降は、火曜日から土曜日まで練習をして、日曜日に試合をするという生活を続けていました。それで26歳のときにサッカーを辞めた時、突然やるべきことがなくなったんですね。練習も試合もなくなって、どうしようかなと思っている時に、カヌーで旅をする本に出会ったり、知り合いがたまたま新宿でシーカヤックのお店をやっていたりして、自分の知らない世界があるんじゃないかと、そういう世界に憧れるようになりました。だから過剰なんですよ、自然、ということに対する意識が。

重永: 僕は子どもの頃から野球をすることが一番好きな野球少年だった自分が、小学校6年生のときに腎臓病の大病を患って、運動も出来ない、体育は見学というような身になった悔しい体験が原点。でも本当にね、体を動かすことだけが楽しみの子が運動できなくなった時の挫折感って無いわけです。本当に一番の大切なものが目の前で不可能になった。でもそんな中で治らないと言われた病気が、とある漢方医とそして漢方薬と出会ったことによって完治してしまった。植物がもつ自然の恵みの偉大さと、生きていくうえで植物というものがどれだけ必要になってくるのか、という事を、友達よりもたまたま先に知っちゃったことが今につながっています。

辻井: アウトドアに関心のある人には好きな人が多いと思いますけど、確か1996年にSWITCHという雑誌で、写真家の星野道夫さんが特集されました。「我々は狩猟の匂いを嗅ぐことができるか*」(*Switch Vol.12 No.3『星野道夫 狩猟の匂いを我々は嗅ぐことができるか』スイッチ・パブリッシング 1994年)ってタイトルで、表紙は、アメリカの先住民がカリブーを捌いている白黒の写真でした。友だちと夜中の2時くらいに、青山ブックセンターでその写真に釘付けになって、まあこういう人は育った環境が違うんだろうから、自分には一生無理だろうなと思いながらページをめくっていくと、最後に星野さんのプロフィールが載っていて、慶応大学出身って書いてあったんですよ。しかも生まれは千葉県。だから「もしかして自分にも同じことを体験できるチャンスはあるのかもしれない」って思いました。僕の一方的な想いですが、自分の中では星野道夫さんとは深くつながっていて、アウトドアに傾倒した大きなきっかけでもありました。

重永: ハーブの他に自然をテーマにしたリゾートの事業もやっている関係で、年に何回かはスリランカに行くのですが、生活と仕事の本拠地は東京でも、生き方や本質的な価値観を再認識するのには、やはり都会ではなかなか難しい。 僕はスリランカの大自然に入ると、自分たちが普段やっていることを客観的に確認することができる。 大自然のなかでは、都会とはまったく違う判断基準が立ち上がってくる。ほんとうにいいアイデアというのは、実はそういう環境で「考えていない」時に出て来たものが多いです。

辻井: 都会っ子だからこそ見えるみたいなものって、やっぱりあるじゃないですか。自然とか田舎に対する憧れがずっとあって、それってやっぱり人間の本能的な渇望にあるのもので。沖縄の人が普通に素潜りして魚を捕まえちゃうということも自分にはできないし、カナダのバンクーバー島に行っても、普通に皆がぴゅーっと、もやい結びで船を係留しているのにそれもできない。いちいち頭で勉強しないといけない。だから自然から学んだというよりは逆なんですね。都会の生活をし続けているということの反面教師というのか。

重永: 植物の自然の恵みを素材にものづくりをしてきたなかで感じるのは、人間が思った通りのものには絶対にならないということ。つまり、自分たちが想定した通りの製品には決してならない、そして、二つとして同じものはできないということです。自然を人間の意のままにすることはできない、という、言ってみれば当たり前のことを強く感じてきました。材料に使っている種のなかには絶滅に瀕しているものもあり、それゆえ「それぞれの植物の一度きりの生命を活かすためにはどうしたらよいのか?」ということを真剣に考えると、現地生産コミュニティの顔が見えるための方法を構築したり、農業、商業、工業という産業セクターをまたぐ連携で取り組むことが、やはり自然であり必然なことになってきますね。

辻井: 今の都市と自然の関係性を一番的確に表しているのは、やっぱり「切り身の関係」だと思うんです。食べ物を買うにしても、自分の手を使っていない。誰かがどこかで穫ったものが、それがオーガニックであっても、そうでなくても、切り身のパックとしてスーパーに並んでいる。昔の日本人は、大陸から渡来人たちがやって来て農耕文化が拡大する前は、自分で殺生して食べものを手に入れるという生身の関係が一般的だったはずです。日本人に限らず、それは地球上の多くの現代人が決定的に失ってきた事だと思っています。そういう経緯があって、 自然に対しての潜在意識が、憧れとして表れる人と、コントロールしようとする人に分かれるっていうのがあると思うんですね。人間は、自然を自分から切り離して客体化する瞬間に初めて「壊す」とか「守る」とかっていう概念を持つんだと思います。狩猟採集民にとっては、自然は自分そのものだから、カヌーを作る度に木を切るのも痛みだし、動物を捕るのも痛みだけど、それが自分にとって必ず必要だっていう事が分かっている。そういう暮らし方から、だんだん農耕が始まって、流通経済が形成されて、資本主義が現在の形になるにつれて、「切り身」のあり方も顕著になっていった。現代人に、釣りをしたい、アウトドアスポーツを体験したいという欲望を持つ人がいるのは、そういうこと関係があるんじゃないかって思っています。 そういう意味では「アウトドア製品」というのも、一つの象徴かも知れません。山登りをする人が何回もテストをして、首から雪が入らないようにとか、寒気がジャケット内部に滞留しないようにとか、そういうプロセスがたくさん詰まった製品を通じて、自然と人間との繋がりみたいなことを喚起できればいいなと思っています。

重永: モノとか商品はフィロソフィーを知るためのひとつのきっかけで、その背景や物語を知ってもらうために商品開発をしているっていうのが、僕の場合すごく強い。だから自分たちで現地に行ってみてレポートしたり、それを物語にしたり。「モノ」っていうのは、その場の欲を満足させたり、用を足すために使うだけのものではないよということ。背後にある歴史を知る、人を知る、自然を知る。植物であれば、なぜそこにそういうものが生息しているのか意味を知るために「モノ」がある、共感する、その延長線上に購買という行動がある。見えない価値に対してお金を払う。その見えないプロセスに注ぐ眼差しが次の時代を創っていってほしい。

辻井: 自然との関わりって言った時に、じゃあ「自然」って何だって定義しようとすると、すごくややこしい話になってきますよね。 自然って概念が日本に生まれたのは、たった数百年前のことです。 あまりレベルの高い研究ではなかったですが、大学院で僕はこの問題に関心を持ちました。僕の記憶に間違いがなければ、18世紀に活躍した蘭学医の杉田玄白が、オランダ語の文献を読んでいる時にナトゥール(*natuur)っていう言葉に出会った。こんな言葉は日本語に無いからどうやって訳そうかと悩んでいた時に、どうも人間以外を、人間だけを取り除いたすべてのことを意味しているらしいということがわかって、それまで「じねん」と読んでいた「自然」という漢字を「しぜん」と読ませて今の自然という言葉が生まれたという説があります。それまで人間を自然の一部と捉えていた日本人に、自分たちを除いた自然環境すべてを指す言葉は無かったようなんですね。

重永: スリランカに着くとまずいつも心を打たれるのが、空港に車で迎えに来る現地のホテル支配人が、ホテルに着くまで車を停めて祈りを捧げる場所がいくつかある。靴を脱いで裸足で車外に出ると、地面におでこをすりつけながらお祈りをする姿があるんです。もちろんそれは現地の宗教的な習慣にのっとるものではあるんですが、彼の何か大きなものに対する畏敬の念というのか、外目を憚らずに祈る姿を見ると、自分は自然のなかで生かされている、そして、自分は地球の一部だということに、それは理屈ではなく、行くたびにいつも気づかされるんです。

辻井: 僕はイヴォン(*パタゴニア創始者、イヴォン・シュイナード)の影響ってやっぱり大きいなって思います。僕が話していることの多くは、彼の言動からインスピレーションを受けています。これも言ってたな、あれも言ってたなって考えながら話しているうちに、だんだん自分の言葉になってきているような感じです(笑)。そのイヴォンは、インタビューを受ける時に「今一番何がしたいですか?」ってよく聞かれるんです。彼は忙しいから。ワイオミング州にはサマーハウスが、カリフォルニアには冬を過ごす小さなエコハウスがあるんですが、それを聞かれると必ず ”I wanna do my garden.” って言うんですよ。ちっちゃな畑を作って、パチンっていう昔ながらのねずみ捕りを何個も仕掛けて、「Hey, Taka, Check that out!」とか言って、ねずみの被害を免れた人参を食べて、生ごみと海岸のワカメで堆肥を作ったりして・・・自分にこうした生活ができるかって言われるとわからないんですけど、ああ、豊かだなあ、と思いますね。

重永: 豊かさっていえば、それは関係性の問題だっていつも思います。 個がよければいいのではなくて、人との関係性とか、あるいは食べ物や生活を通した地球と自分、という関係性だとか、または自分の生きている世代と次の世代、あるいは前の世代との関係性だとか。それがすぐに結果を出す、出さないってことじゃなくて、実はそこが一番贅沢なことで、生きてるからこそできるっていうことだと。お金が無いからとか、時間が無いからできないっていうのは、生きてることに対して非常に申し訳ないことかもしれない。生きていることと、継続することで好きなことが見つかる、それが何であれ、そこの関係性の豊かさっていうのが、まずこの地球上での “ラグジュアリー”ということの原点なんじゃないのかな。そうして自分が創っていった延長線上にまた伝える相手がいる。そこにまた新たな関係性が生まれる。その関係性から次のモノガタリが生まれる。僕にとって、そこはとても大事にしたいところです。

辻井: 僕は20代後半になって、小さいころから憧れていた自然とどういう風に関わるのがいいのかなって模索するようになりました。それで、まずはいろいろな世界を自分で実際に見てみようと思って、バンクーバー島やグリーンランド、それからパタゴニア地方なんかに行って、好きなシーカヤックで実際にその海を漕いでみたりしました。だけど、そこで自分が見たり、感じたりした「自然が失われていく」という感覚を個人的な体験として持っておくだけでは、もちろん変化は生みだせない。かと言って、緊急性がある場合は別として過激な反対運動みたいなものっていうのは自分には馴染まないし、やっぱり持続性が無いなと思っているんです。「反」って言った瞬間に敵を作ってしまうじゃないですか。で、敵ができるっていうことは、どちらかが勝利しても、一方の人たちはまた「反」になるわけで、そういう作用が永遠に働くから、何かが解決された状態は絶対に長続きしないですよね。反対運動には往々にして絶対的なヒーローがいたりするんですけど、そうではなくて、様々な立場の人が対話によって未来の姿を共有し合う、最近は、そういうことが大切だと強く感じ始めています。

重永: 地球生誕から今までの時間軸からすると、自分の生命なんてあまりにちっぽけで、無いに等しい。そういう逆らえないものの中で、甘えてきっている自らの力のなさ。それでもなお毎日、自然の恵みを活用しながら生活させていただいている。少なくとも自分が生きている間は、そのことに報いるプロセスを事業の中で少しずつでも創ってゆきたい。We are a part of the earthという利己を求めた結果、利他となっていく。この循環を大切にしていきたい。種子が育ち花を咲かせ、実らせ、やがて土に還るように、「消費」という概念を「循環」という生活哲学に創り変えてゆければ、地球から頂いている自分のこの命が少しでも役に立ったのではないかと、そう信じられるようにやってゆきたいものです。

辻井: 今、地球上にいる70億人全員が、先進国と同じような経済活動を行うことは不可能です。一方で、今のような意味での経済成長を遂げることを否定しながら、自分達だけは成長を続けるというのは矛盾です。そう考えると、僕たちは成長の意味を問う岐路に立たされていると考えるべきで、それはサイズのことかも知れないし、質の変容かも知れない。 僕が生きているうちに経済成長のあり方がドラスティックに変化することは、残念ながら難しいかもしれません。 でも、将来の世代に残すべき地球について考えることは、僕たちの使命だと思っていますし、対立構造ではなく、出来るだけ多くの立場の人々が食べていけるようなスキームについて、 真面目に考えることが大切だと思っています。僕自身は今、アウトドアウェアの会社で働いている訳ですが、製品を作る過程で何が起きているか、どんな負荷を環境にかけているか、サプライチェーンで働く方々にきちんとした対価が支払われているか。そういうことを明らかにしながら、環境負荷を出来るだけ減らし人権も尊重する、多くの人が生きていけるような枠組みを作る。これは大変な手間もコストもかかる手法ですけど、そうした成功事例を生むことによって、今よりもみんなが幸せになるような枠組みの可能性を探っていきたい。僕自身は日本の中で仕事をしていますから、直接サプライチェーンに関わっている訳ではありません。でも、自分の仕事が間接的にでも、世の中が良い方向に向かうことに繋がって、自分自身は「小さくても意味のある歯車」になれればもう、それでいいかなって思っています。

重永 忠
株式会社生活の木 CEO

原宿表参道に生まれ、祖父の写真館、父の陶器店の職住一体環境のなかで育つ。

10歳のときに重い腎臓病を患った経験から、健康な心身であることへの有難みを心から感じ今に至っている。

後に植物の自然の恵み「Herb」と出会うことにより、「ほんとうに健康なコトとはいったい何か?」を一生の命題として、「Herb」を活用した“幸せ”を実現していくための「志事」に励んでいる。

志を持って取り組んでいる人生理念は「自然に、健康に、楽しく生きる」

社会貢献バンド「XQ’s」ギタリストとしても活動中。